捨てられるはずだったものが、うちに来た
今日は、親に「行っておいで」とすすめられて、住んでいる街でやっている食品の配布へ行ってきました。困っている人に食料品や生活用品を無料で配ってくれる、市の取り組みです。正直なところ、自分から進んで、という感じではなかったのですが、行ってみると、両手にずっしりくる一袋をいただいて帰ってきました。袋の重みって、こういうときは妙にリアルで、なんだかしみじみしてしまいます。
中をあけてみると、お米が2キロ、レトルトの牛丼、さばのみそ煮の缶詰、ちらし寿司のもと、お味噌汁、それから少しだけウイダーやソイジョイ。お菓子もちょっと。そして、地味にうれしかったのが歯磨き粉でした。最近じわじわ値上がりしているので、こういう日用品が入っているのは、ちょっと得した気分になります。お米は「いりません」と断ることもできるそうで、必要な人に必要な分だけ、という考え方なのだなあと、受けとりながら思いました。
いただいてきた一袋。お米やレトルト、缶詰がぎゅっと。
このことを友だちに話したら、おもしろい反応が返ってきました。その子は、家に冷蔵庫はおろか調理家電もない、徹底した外食派なんです。おまけにタイミーで同じような配布のお手伝いを何度もしたことがあるそうで、「何がもらえるかは、嫌というほど知ってるよ」と笑っていました。たしかに改めて中身を見ると、そのまま食べられるのはウイダーやソイジョイくらいで、おやつ。大半は、火を通したり、お湯をわかしたりと、ひと手間が必要なものでした。自炊をする人向けの食材が中心なんだなあ、と妙に納得してしまいました。
それで、ひとつ気になったんです。「どうして街は、こんなことをしているんだろう」と。少し調べてみたら、なるほど、とうなずく仕組みでした。ねらいは、ふたつ。ひとつは、物価高で暮らしが苦しい人を助けること。もうひとつは、フードロス——まだ食べられるのに捨てられてしまう食品を、減らすこと。企業が余らせてしまった食品や、賞味期限が近づいた食品を集めて、必要としている人のところへ回しているのだそうです。冷蔵で何千食分もためられる保管庫まで用意して、ただ配るだけでなく、お金や暮らしの相談ができる窓口まで置いている。なかなか、ちゃんとした仕組みなんですね。
そう知ったら、見え方が少し変わりました。これは「恵んでもらう」というより、社会のムダを減らす流れに、ちょっとだけ乗せてもらっている、という感じ。捨てられるはずだった一袋が、こうしてうちの台所に届いて、ちゃんとわたしのお腹におさまる。それって、けっこう気持ちのいいことだなあと思うんです。お米を断れるのも、歯磨き粉が入っていたのも、ぜんぶ「ほんとうに要るものを、要る人へ」という考えの上に乗っているのだと思うと、一袋がいっそうありがたく見えてきました。
それにこの一袋、ほとんどが「ひと手間かけて食べるもの」だったおかげで、わたしを台所に立たせてくれました。レトルトを温め、缶詰をお皿にあけ、お味噌汁をわかす。たいした手間ではないのに、できあいのものを買ってすませがちな日々だと、その小さな手間さえ、いつの間にかさぼってしまっていたなあと気づかされます。ついでに自分の冷蔵庫をのぞいてみたら、奥のほうで忘れられかけていた食材が、ちゃんと何品か出てきました。フードロスは遠い話ではなくて、まずはわたしの家の冷蔵庫の奥から、なのかもしれません。
実は今月は、ほとんど仕事がなくて、その分こつこつ勉強をしていた月でした。だからこそ、この一袋は素直にありがたかったです。もらいっぱなしにせず、ちゃんと一品ずつ料理して、おいしくいただこうと思います。捨てられるはずだったごはんが、こうして誰かのお腹を満たしていく。そういう小さな流れの先っぽに、今日はちょこんと座らせてもらった気分です。いただいたものを大事にする、という当たり前を、あらためて思い出した一日でした。
食べものも、日用品も、気づけばじわじわ値上がり。だからこそ「使えるものは大事に使う」「学べるところで学ぶ」が、いちばんの節約だなあと感じます。わたしは毎晩、リベシティという街で、お金や暮らしのことを少しずつ学び合っています。
ひとりだと続かない家計の見直しも、誰かと一緒だと不思議と続くもの。夜にふらっと、のぞいてみてくださいね。
それでは今日も、ほのぼのと。
チビとら
せっかくの一袋を、最後までおいしく。台所でちょっと役に立った、2つだけ。
※ 当サイトはAmazonアソシエイト・楽天アフィリエイトに参加しています。いただいたものも、買ったものも、最後まで大事に。
ほのぼのしたい ちびとら