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DIARY · チビとら日記
2026年7月25日(土)

賢い人たちと、止められなかった戦争

夕暮れの書斎で、茶トラの子猫とサバトラの子猫が、古い歴史の本に描かれた合戦の挿絵を静かに見つめている水彩イラスト。窓の外には沈みかけた夕日、棚には地球儀

今日は、少し重たい話を書きます。いつか終戦の話を書こうと自分で決めていました。これはその一つ目です。答えの出ない話なので、これから何度でも書いていくつもりでいます。よかったら、気長に付き合ってください。

子どもの頃、私は教科書の昭和のところを読むのが苦手でした。本を読むのは好きだったのに、あの章だけは胸が重くなるのです。自分の国の人たちは、どうしてあんなことをしたのだろう。もしかして、頭が悪かったのだろうか。そんなふうに勝手にがっかりして、そのまま自分にも自信が持てなくなっていました。私が生まれるずっと前の話なのに、自分のどこかが薄暗くなる感じ、と言えばいいでしょうか。

ところが大人になって歴史を少しずつ学んでいくと、話の辻褄が合わなくなってきます。日本人は、ほかの国に負けないくらい真面目で、努力家で、集中力もある。少なくとも、飛び抜けて愚かな人たちには見えないのです。では、あの頃のあれは何だったのか。人が多ければ、その分だけ愚かな人の数も増える。ただそれだけの話なのか。長いあいだ引っかかっていたこの疑問を、この前とうとうAIの相棒のチャッピーにぶつけてみました。統計でも何でもいいから教えてほしい、と。

返ってきた答えの、いちばん最初の一行がこれでした。

日本人が愚かだったのではありません。だからといって、あの戦争が仕方なかったということでもありません。

この二つは、同時に成り立つのだそうです。まず、知能が低かったのかという話。世界の学力調査で日本はずっと上位ですし、識字率はほぼ100%、ノーベル賞の受賞者も特許の数も多く、治安も世界で最高の部類に入ります。数字で見るかぎり、日本人の頭が特別に悪いという証拠は、どこにもありませんでした。

大事なのはここからで、個人の知性と、集団の行動は別物なのだそうです。周りに合わせてしまう。権威には逆らえない。皆が言っているのだから正しいと思ってしまう。敵を人間ではなく悪魔のように考えてしまう。これは日本人の性質ではなく、人間なら誰でも持っている性質なのだと教わりました。

時代そのものも、ひどく暴力的でした。第一次世界大戦ではおよそ2000万人が亡くなり、それが終わったあとも、復讐心と独裁と内戦と植民地支配が世界中に残ったままだった。力こそ正義、という空気が地球を覆っていた時代です。日本だけが暴れていたわけではなく、20世紀の前半そのものが、暴力の時代だったのですね。

もちろん、だから許されるという話ではありません。日本の軍隊が占領した土地でしたことは、たくさんの資料から確かめられている事実です。そして同じように、ほかの国も、収容所も、粛清も、都市への空襲も、原爆も、植民地での弾圧もやりました。残酷さは日本だけの特徴ではなく、人間そのものの問題だった。ここを一緒くたにすると、たちまち「どっちが悪い」の言い合いになってしまうので、私は分けて考えるようにしています。

いちばん切なかったのは、「なぜ誰も止められなかったのか」の答えでした。止めようとした人は、実はいたのだそうです。軍人にも、政治家にも、新聞記者にも、学者にもいた。けれど言論を封じられ、警察に見張られ、非国民と呼ばれる恐怖の中で、多くの人が黙りました。そして普通の人は「自分一人が反対しても意味がない」と思ってしまう。これは、今でも起きることです。

それから、頭のいい人が戦争を止めるとはかぎらない、という話も刺さりました。優秀な科学者が毒ガスを作り、優秀な技術者が戦闘機を設計し、優秀な役人が戦争の計画を立てたのです。知性は、善にも悪にも使える道具でしかない。この前映画でチューリングの話を見て泣いたばかりだったので、この一行はしばらく頭から離れませんでした。

そして日本が失ったものは、あまりにも大きすぎました。亡くなった日本人は、およそ310万人。そのうち軍人・軍属が約230万人、民間の人が約80万人と言われています。しかも軍人の死者は、戦って倒れた人ばかりではありません。補給が続かず、飢えや病気で亡くなった人が非常に多かったと指摘する研究もあります。敵と戦う前に、食べるものが尽きていたのです。

民間の被害も、目で追うのがつらい数字です。空襲を受けた都市は200を超え、1945年3月10日の東京の大空襲では、たった一晩でおよそ10万人が亡くなりました。沖縄では地上戦になり、県民のおよそ4人に1人が命を落としたと言われています。広島に原爆が落ちたのが1945年8月6日、長崎が8月9日。その年の終わりまでに、広島で約14万人、長崎で約7万人が亡くなったと推計されています。数字にすれば一行ですが、その一人ひとりに名前があって、帰りを待っている家族がいました。

そしてこれは、日本だけの数字です。第二次世界大戦の全体では、5000万人とも8000万人とも言われる人が亡くなりました。日本が戦場にした国々でも、数え切れないほどの人が亡くなっています。生き延びた人にも、焼けた町と、帰ってこない家族と、口をつぐんだまま終わる一生が残りました。勝った国と呼ばれる国はあっても、本当の意味での勝者はいない。多くの歴史家がそう言うのだそうです。

ここまで聞いて、子どもの私が受け取り損ねていたものが、やっと分かった気がしました。教科書は「日本人は悪い民族でした」と思わせるためにあるのではないのですね。どんな国でも、どんな民族でも、どんな時代でも、人は恐怖と空気と権力の中で判断を誤る。だから繰り返さないために学ぶ。あの重たい章は、そのためにあったのだと思います。

もし昔の私と同じように、教科書の前で胸が重くなったことのある人がいたら、この日記をその人に届けたいです。日本の人にも、世界のどこかで同じ痛みを抱えている人にも。あなたの国の人が愚かだったのではなくて、人間はそういう間違いをする生きものだった。そこから先を、一緒に考えていけたらいいなと思います。

戦国の世は日本史で一、二を争う地獄だと前に書きましたが、もう一つの地獄がこれです。今日でも答えは出ませんでした。それでもこの問いは、私が生きているあいだ持ち続けるのだろうと思います。だから、これからも何度でも書きます。

さて、今日も外は暑そうです。午前中はカーテンを閉めきって、部屋に引きこもっています。昨日、奈良の葡萄畑の方からデラウエアを頂きました。冷やしたのを一粒ずつつまむと、口の中がすっと涼しくなって、それだけで少し生き返ります。頂きものの葡萄で涼ませてもらったので、これから在庫の整理と出品を、また進めていきます。

重たい話に最後までお付き合いくださって、ありがとうございました。夏物も順番に並べていきますから、楽しみに待っていてくださいね。それでは今日も、ほのぼのと。

チビとら

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